社会復帰概論

むずかしいです

帰り道

神戸の街には縦に横にとバスがあれこれ走っている。海沿いから北に上ればすぐ山になるので坂が多いのだ。バイト先の目の前にもバス停があるのだけれど、1時間に1本来るかどうかという寂しさなので、僕は普段最寄りの駅まで歩いて帰っている。

今日も、バスを待つのが億劫なのと、運動がてらで駅まで歩いている。心身が最近ふらふらと手元を離れていたせいもあってか、僕はしばらく茫漠としたままただ歩いている。
…………。
ふと、高い明るい声が耳に届き、その主を探して前を向く。あ、夕焼けや。春やなあ。声の色も何処か夕焼けみたいや。橙と、それに掛かる淡い水の色。声の方に向き直ると、小学校に入学しているかどうかといった年齢の子供達が、彼らの根城であろうマンションの入り口で遊んでいる。何をしてんねやろう?ただ走り回っているだけのように見える。ただ、なぜかその一帯には夕陽が他より明るく射している。あー、僕も昔はあれくらい無邪気やったっけ。そうこうしている間に暫くの間取られてしまった気を自分のところへ持って帰ってくると、なんとなくはっとして視界が広がる。僕より30分遅れてバイト先を出たはずの17系統に追い抜かれる。そのバスは4系統とすれ違い、視界の右端には11系統と13系統が見える。神戸の街では本当にバスがあちらこちらで駆けている。

そのまま駅まで歩いていると、近くのコンビニで買ったらしい弁当を矢鱈と傾けて持つ青年が目に留まる。不思議とレジ袋の中はぐしゃぐしゃになっていない。偶然か……、もしや或いはその道の達人か?その真相は本人にしかわからない。もしかすると本人にだってわからないかもしれない。彼は弁当を同じ角度で傾けたまま青に変わった信号を器用に渡っていく。
達人が弁当を買ったであろうコンビニを眼前に構えたその時、またもや不思議なものが目に入る。店員の女性が缶ビールの中身だけを溝に捨てている。これは謎だ。商品の廃棄だとしてもコンビニの真ん前で捨てはしないだろうし、でなければ何の謂れで缶ビールが捨てられなければならないのかとんと見当がつかない。休憩中にお姉さんが飲んでたんやろか。そう考えるとお姉さんの顔がちょっぴり紅く見える。でもそれならここはいい職場やないか。次のバイト先はここにしようかなぁ。と思ってすぐやめる。

缶ビールの謎を頭がくるくる回している間も脚は休まず働いてくれていたようで、周りを見るとすでに駅前の商店街である。遠くに道路を跨ぐ大きな赤い鳥居が見える。僕はここのコロッケ屋、ひいてはそもそもコロッケ屋というものにずっと疑問を抱いている。安い。安すぎるのだ。60円でコロッケが買えてしまうのだ。それにここのコロッケは具が詰まっていてなかなかにいける。二個は食べられないくらいだ。そんな贅沢な代物が100円もしないなんて……。売れ残って赤字だとか、原価割れだとかになってないだろうか。甚だ心配である。

やっとの事で駅まで帰ってきた。ふと鼻に引っかかる、覚えのある煙の匂いに眼を向けると、地下の駅に潜る入口の手前で誰かが煙草を吸っている。路上で煙草が吸える街は良い。路上で吸うと、何と言おうか、時間を操っているような気分になる。血が頭に回ってないとかそういうのではない。ひとりだけ、ゆっくりと街を闊歩している気分になるのだ。
せっかく時の旅人がすぐそこにおるんや。僕も一服してから電車に乗って帰ろかな。