社会復帰概論

むずかしいです

夜伽

遠方から夜行バスで帰ってくる間、久方ぶりに夢を見た。ありきたりな、夢のない夢を。 夢というのは得てして唐突に始まるものだが、昨日のそれは違った。まるでドラマか何かの初回であるかのように、旅支度の僕は意気揚々と実家の最寄りの路線のターミナル駅…

フラクタル

或る寺社。どこにあったかも覚えていないけれど、天皇陵が近くに幾つもあった山中のものだった記憶はある。そんな寺社の堂宇の周りに敷いていた石のことを思い出した。背後から視界の端にぬるりと流れてきた煙を掴むように、唐突に、わけもなく。その石は八…

エレクトロハーモニクス

「死ぬかと思ったことはあるか」 そう聞かれて私は戸惑った。反射的に、そんなの私にあるわけがない、と思ってしまった。その問いを発した人は経験があるからそう問うたであろうのに。それでも、その瞬間、問いの真意が私には分からなくて、暫し口を噤んだの…

隔靴

自宅に帰ってきた。玄関からリビングまで少し長い、そして暗い廊下をぬるぬる辿る。今日も、雪国に向かうトンネルを抜けるような、それでいて胎内から産まれなおすかのような不安と新鮮さを感じつつドアをゆっくり開く。電気をつけたら部屋は急に平凡な日常…

晴れと褻

僕が今死ねば、挽歌には「おもしろかりし人」なんて詠まれることだろう。一方僕は自分をとてもつまらない人間であるとも理解している。これらは対を成す思想ではなく、共存するものだ。だから勿論、僕は前者にも納得する節がある。簡潔に言えば、つまらない…

六月病とクーベルチュール

「終点ですよ」 何かが僕の肩を触り、僕は目を覚ました。 車掌と思しきその人は、透き通った灰色の声でそれを言い、僕が目を開いたことを確認するや否や何処かへ去ってしまった。 ああ、乗り過ごした。酔ってもいないのに朦朧としている意識のなかで、かろう…

「特別」

かつて、僕は目立ちたかった。 かつて、僕は特別でありたかった。 かつて、僕は完璧でありたかった。いま、僕は目立たざるを得なくなった。 いま、僕は異常を手にした。 いま、僕は不随だらけになってしまった。 そんな惨めな、人間の出来損ないの痴話である…

夕方はいつも釣瓶落とし

「今泣いた烏がもう笑うた」 小さい頃くるくると表情を変えていた僕を、祖母がよくこう言って笑っていた。 半袖がまだ少しよそよそしい夕方に雲が漂然と棚引いているのを見て、何となくそれを思い出した。清澄なオレンジ色の風に服が軽やかに踊る涼しさが心…

Error 404

お前絶対ドラマーやろ。という人が御堂筋線のなんば駅を降車する人の流れと逆さまに歩いてゆく。その手は交差したりしなかったりしながら、太腿でリズミカルな音を鳴らしている。人の振り見てなんとやらとはよく言ったもんで、僕がかえって独りで恥ずかしく…

週記6 放蕩

南森町に深夜営業をしている喫茶店を見つけた。平日は28時まで、休日は26時までやっているらしい。鼻腔を突く珈琲の香りと目の前に並ぶ臙脂の椅子。しゃがれた木材の音が耳をくすぐる。窓外には烏の羽根のような黒。将来はこの辺りに住もう。そう決めて相手…

週記5 夏への小径

先週は大学に一度も行かんかった。なんならその前の週も多分行ってない。その辺はよく覚えとらん。でも僕は友達に、大学に行った、と嘘を吐いた。今期こそ、今期こそは本当にただの怠慢で大学に行「か」なかったから。そして、それがバレるのが純粋に恥ずか…

週記4 色恋(恋の色)

午前3時。僕は少し冷えすぎた厨房で電子レンジの前にぷらぷら立ち尽くしている。レンジの中では、加熱されすぎたタピオカミルクティの容器が喉元に風穴を開けて血を吹き出させていた。レンジの中を黒々と汚す鮮血。何者かに膝を裏から突かれたみたいに、かく…

週記3 二律背反

すっかり、陽がぽかぽかと射すようになってしまった。路傍には、南国情緒あふれる、鮮やかなピンクの花が咲いている。パチンコ屋の新装開店セールを彷彿とさせられながら、それに近寄って、匂いを嗅いでみた。南国の香りはしなかった。なにくそ、と腕まくり…

週記2 旅がえり

大学の健康診断を受けに、わざわざバスで30分かけて京都の西北、桂の地までやってきた。山の上にあるキャンパスよろしく、だだっぴろくて木々の緑が目に優しかった。ただ殺風景かというとそうでもなくて、なんなら食堂なんかは普段通っているキャンパスより…

休憩中

一時間の休憩の間に吐ける言葉にどれだけの価値があるのか知らんが、頭を占めて仕方ないことがあったのでちょっと書き殴ってみる。蚊が。飛んでいる。もうそんな季節になったということだろうか。気の早い蚊に目をつけられただけとか??刺されてみれば確か…

週記1 新生活の揺らぎ

みんなは中学校、それか高校の水泳の授業を覚えてたりするだろうか。僕らの影を真っ黒に切り出す凄烈な陽光。それで背を胸を灼きながら、こう言ってはなんだが、水遊びをしていたもんだ。夏の日、という感じでなんとも潔い。いっぽう僕は、曇りの日の方が好…

日本酒に託けて

バイト先の上司が携帯で取引先と何やら話をしている。その内容は発注ついでの世間話だし耳を傾けるまでもないんだが、ふと作業がてら目に留まったのが、彼が携帯越しにぺこぺこと頭を下げていたところだ。当然それは取引先の相手に向けたものなのだけど、真…

午前(中目黒)

ぷわぷわと、うーん、いや、ぽやぽやと? そんな午前を送っている、中目黒で。僕は喫茶店や珈琲店みたいな場所がとても好きだ。 あたふたと、日常を、過ごせば過ごすほど、この浮っついた時間が愛おしい。眼下に、目黒川と桜並木。ふむ、春だなあ。長閑……。…

煙草

いけないこと、というのは総じてやりたいことなのだ。謂わば禁断の果実。もともと楽しいことが、背徳感という鋭利な刃物を得て僕の心を貫く。動脈から吹くように血を流す僕はその情欲に逆らうことはできず、静かに失楽園を迎えるのみである。……、などと大袈…

城崎に旅する記

僕は小説を読むのが好きだ。旅行記のようなものはとりわけ好みである。作者自身の世界と、その人の作品中の世界との境目が曖昧になるからだ。そういう本を読んでいると、知らず主人公に自身を投影してしまったりして、それもまたおもしろい。自分の世界と作…

帰り道

神戸の街には縦に横にとバスがあれこれ走っている。海沿いから北に上ればすぐ山になるので坂が多いのだ。バイト先の目の前にもバス停があるのだけれど、1時間に1本来るかどうかという寂しさなので、僕は普段最寄りの駅まで歩いて帰っている。今日も、バスを…

年の瀬

普段僕は少し考えてからブログを投稿するのだけれど、今書きたいことがあって、はじめて指の赴くままにブログを書いている。ここまでして言いたかったことは何かというと、年の瀬というものが、僕は好きだ。ということである。年の瀬はいい。普段と時間の流…

夏(休み)の終わり

秋になった。 大学の前の歩道には靴や轍のついた銀杏の実が鏤められていた。塗れる黄色とその強烈な匂いは唐突に季節を僕に知覚させた。 どちらかというと僕は、金木犀の香りで切り傷から染みるように秋の訪れに浸りたかったのだが、殴打されるように目を覚…

混迷

誰しも日々悩みがあったり、そうでなくともやらなければならないことに押し潰されそうになりながら生きているもんだろうとは思う。だが、やはり誰しもそれらが幾つか、幾つも重なってくると雁字搦めになって手の出しようがなくなってしまうものだろうと思う…

空想

最近、ふとした隙に人を殺すことを考える。 見たこともなければやったことなど当然ないその光景を、気づけば僕は在在と頭の中に描いている。 その中で僕はいつも人を刺す。その鋭利な切先が人の体に沈んでいく感覚が他に代えられず、毎回刃物で人を刺してい…

幸福

目下、電車に飛び込んで自殺した女子高生が話題になっている。女子に限らず高校生の自殺など枚挙に遑がないのだが(まあそんな実情を呈している現代は中々歪んでると思うがそれは置いておいて)、彼女が騒がれている理由は、ツイキャスでその様子を配信してい…

回送

最寄駅、向かいのプラットホームに電車が停車した。 えらい長く停まっているなあ、と思ってふと見上げると、向かいの列車は不意に見たこともない行先をいくつも表示したあと、回送の二文字を吐き出した。 あぁ、羨ましいな、と思った。 彼は使命を与えられ、…

家族

初めて一人で映画を見ることにした。表題は『万引き家族』。他は何も知らない。どこかの映画賞を獲ったことくらいか。小説を選ぶ時と似た感覚。表題から心というか、精神に重くのしかかってくる感覚。それを大切にしたかったから、作品紹介を見るのはやめて…

狡い

以下は数週間前に残した私の手記である。昨日の夜中過ぎ。久しぶりの友達からの電話が鳴った。(電話をくれた子とは別の)友達の訃報だった。信じられない、と思いつつも動揺した。一晩中動悸がした。数時間前に通夜があった。そんな形で友達と久しぶりに会う…

選択

僕の知人たち一人ひとりはそれぞれ別の人生を歩んでいる。街ですれ違う人々、電車で隣に座った人でさえ1人として同じ人生を歩む人はいない。あまりにも理不尽に、だが至極当然のこととしてそれはある。それだけ数多の人がそれぞれの人生を過ごしていながら、…